夢のアト - 6
「正直なところ、メジャーデビューするとは思っていませんでした。達樹、どんなに目上の人に対しても上からでしか人を見れないし。人の意見を力で捻じ伏せるし。内心、絶対音楽には向いてないだろうなって。」
里緒が過去に残したわだかまり。本人の前では怖くて口篭っていたこと。本人の目の前ではないが、当時伝えられなかった本音が、自然と口を突いて出てきた。
「それは俺も一緒だよ。だから、最後の最後までバンドを選ばなかった。俺達は音楽とは別の利害で一致してたからね。」
「え?」
「達樹は自分を売るための道具、聡史は自分の腕を試すための場、恭平は女を呼ぶための手段。それに、俺はストレス解消の時間だった。」
直人はコーヒーカップの中を見つめ、初めてバンドメンバーと会った日のことを思い出していた。
前任者は直人の1年先輩だった。彼の大学卒業と同時に、直人が受け継いだ。
就職先が決まり、卒業のためだけに興味のない講義を聴く直人にとって、ドラムは鬱憤を晴らす機会だった。
観客やファンには悪いが、中心に音楽のない集まりでは、それで十分だった。
「名は体を現すというけど、本当だった。"astray gear"ってさ。達也が音の響きだけで決めたらしいけど、直訳すると"道に迷ったギア"。歯車が俺達のことを指すのなら、俺達は最初からバラバラでよかったのかもしれない。」
「達樹、英語は全くできなかったから、未だに意味を知らないんじゃないですか。意味を知ったところで落ち込むことなく、とんでもない単語を拾ってきそうですし。」
「それもそうだ。俺もあれより酷かったら、理由をつけて逃げてただろうし。」
直人が微笑む。里緒にとって、初めて見た表情。ライブでも、ステージ裏でも、人前で笑うことはおろか、口元を綻ばせることすらなかった。
思わず、まじまじと見つめてしまう。
「どうしたの?何かついてる?」
「いえ、あの、直さんが笑うの、あまり見たことなかったから。」
動揺から、余計なことを言ってしまった。気まずい表情をする里緒を見て、直人の口角がわずかに上がった。
「聡史にも同じことを言われたよ。あそこは息苦しい場所でしかなかったからね。」
直前のステージ裏はともかく、終わった後でさえも、互いに気を許さない緊迫感があった。
曲の合間、達樹が喋る後ろで次の曲を終えたメンバーに笑顔も、ましてや彼の話に同調することもなかった。
ライブを見にきた客の中で、達樹以外の声を聴いた人は、果たして何人いたのだろうか。
| 固定リンク


コメント