M A S K - 7
「さっきの男、案外小心者なのかもよ。虚栄心で動いているっていうかさ。」
井口の運転する車。近くの路肩にひっそりと止まっていた。
途中、何度か振り返ったけれど、追いかけてくることはなかった。
「あいつがまだバンドに所属していた頃、一度だけ仕事で観にいったことがある。」
しばらくして、独り言に近い語りかけが始まった。
エンジン音にかき消される声を一心に拾い集める。
「あそこまで空気を読まない演奏、初めて聴いたよ。他のメンバーはいい演奏してるのにさ。」
昔、地元のライブハウスで観ていたとき、同じ時間に出ていた他のバンドのファンの子が皮肉ってた。
「あのバンドのギター、演奏は素人以下だけど、パトロンが多いからチケットだけはさばけるんだって。」
「だからメンバーも手放さないんだー。そこまでしなくても十分集客できるのにね。」
あのときほど惨めな気分になったことはない。
とはいえ、毎回強引に売りつけられる現実から、それを否定する勇気を持つことができなかった。
「もし、ウチの事務所なら、最初から彼以外のメンバーで契約したかな。」
不快でしかない記憶に割り込むようにして、現在に引き戻される。
さらりと言いのけられた一言に、毒が見え隠れする。
しかし、全く冗談に聞こえない。大方、事実なのだろう。
「そうですか。私も、もしあの男と同じ事務所だったらと思うと、背筋がぞっとします。」
助手席の窓を流れる風景を眺める。
青空の中に、綿菓子のような雲がまばらに見える。
気を紛らわすにはちょうど良い。
目的地に着くまで、何も語りたくない。
あの男のことは何一つ思い出したくない。私にとっては今が一番重要なのだから。
「あの男、本当は知り合いなんだろ?」
突然の問いかけ。鋭い槍を喉元に突きつけられた気分に襲われる。
狙っているのか、何気なくなのか、全く読めない。
知り合いどころか、あの男の彼女だった事実は消えない。
ここで本当のことを話したら、井口を騙すことになる。
でも、それは過去の話。
深川幸穂が背負うこと。
今は藤下優月。
ワタシは女優。
薄っすらと笑みを浮かべて答える。
「いえ。藤下優月の知り合いにあのような男はおりません。」
「そう。」
井口の口元が綻んだ。そんな気がした。
二人を乗せた車は大通りを一気に加速し、ビルの隙間へと消えていった。
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コメント
こんにちは。旋律です
ここまで読ませていただきました。
文字のリズムが、とっても読みやすさをかんじさせてくれました
投稿: 旋律 | 2008年8月16日 (土) 11時07分
旋律さん
こちらでははじめましてですね。
感想、ありがとうございます。
読みやすい文章目指して
精進していますので、
これからも遊びに来てください!
投稿: 朔弥 | 2008年8月16日 (土) 19時05分