Tumbling Tube - 1
雲ひとつない新月の夜。閑静な高級住宅街。
一角にある、一際目立つ新築の家。
その二階では、ベランダから侵入した若い男が粗探しをしていた。
クローゼット、鏡台、机。
棚や引き出しを開けては目当てのものだけを取り出し、手際よく袋に詰める。
その傍らでは、ベッドの中で20歳位の女が、寝息を立ててぐっすりと眠っている。
この家の一人娘。両親は旅行に出かけており、ここ数日は彼女が家を預かっていた。
にもかかわらず、今夜は酒を大量に飲んでおり、多少の物音では目が覚めない。
粗方引っくり返したところで、一杯になった袋を肩にかける。
そのまま逃亡するかと思いきや、部屋を出る寸前で体の向きを変え、ベッドに近づくと、未だ安心して眠りに着く女のおでこを小突いた。
「痛ぁ。」
甘ったるい声を出して、両目を擦る。
体内に酒が残っているのか、知人と思しき名前を挙げながら、眼前に作られた人の影に向かって語りかける。
だが、影の正体を捉えた瞬間、両目を見開き、息を飲み込んだ。
恐怖で全身が硬直している。抵抗することも、助けを呼ぶこともできない。
「7年ぶりだね。藤野絵美香さん。僕のことなんて覚えていないだろうけど。」
絵美香と呼ばれた女は首を左右にぎこちなく動かし、知らないと動作で訴えた。
「やっぱりね。加害者は被害者のことをすぐ忘れるって言うけど強ち嘘じゃないね。西島佑一って言えば通じる?」
彼女は尚も首を横に振り続ける。両目から大粒の涙をこぼす。
「中学に入学してすぐ、盗難騒ぎの犯罪者扱いしたこと。あの事件のせいで、僕は退学になった。せっかく入学した名門私立だったのにさ。それに、僕が辞めた後、冤罪だってわかったんだってね。」
彼女は首を振るのをやめ、目を背けようとした。
西島は上半身を傾けると、口元に右手を当てて捻り、顔を正面に向けた。
「でも、君を恨んでいるのは僕以外にもいた。今日は復讐の一部を手伝いにきた。」
肩にかけていた袋を彼女の視界に入る位置で持ち上げ、冷たく言い放つ。
「これ、君がいろんな人から取り上げたもの。君にとってはもう価値のないものかもしれないけれど、その人にとっては宝物ってものまである。元々はその人のものなんだから、返してもらうよ。」
西島はベッドから離れると、ベランダに向かって歩き出した。部屋を出る直前、先ほど詮索したばかりの机に目を落とす。
「これ・・・。」
足を止めたまま、筒を手に取る。
中には綺麗に色づけられたジェル。
筒の中央には、穴が3つ開いた仕切り。そこを、細くなったジェルの筋道が下の筒へと流れて溜まっていく。
再現性のない、何とも不思議な光景。ずっと見ていても飽きない。
しかしながら、肝心の名前がわからない。
引き出しに気を取られて、机上にあまり意識を向けていなかったのか。
「そ、それは盗らないで。」
掠れと震えが入り混じった声。愉快犯ならそれを快楽に感じるかもしれない。
しかし、職業柄、彼自身はそういった感覚を持ち合わせてはいなかった。
「これ、大切なんだ。じゃあ、もらっていこう。」
依頼を受けたものではないが、興味が沸いた。
一つはこの筒に。
もう一つは、彼女の今後の反応に。
ベッドの上で狼狽する彼女を尻目に、西島はそっと部屋を抜け出す。
軽い足取りでベランダに出ると、マジシャンが十八番の手品を見せるが如く、自らの姿を煙に巻いた。
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