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2007年9月

僕と付き合って。
初めて見たときから君を好きになった。

僕と一緒に暮らそう。
いつも君と笑っていたい。


朝は僕よりも先に起きないで。
寝顔の君を見ないと落ち着かないんだ。

夜は僕よりも先にベッドに入ってて。
一日の最後まで君が隣にいないと安心できないんだ。


一人で出かけるときは、誰と何するか、正直に伝えて。
僕のいないところで君が他の男と会わないか、不安で仕方ないんだ。

何時までに帰る予定か、必ず教えて。
夜、いつ戻るかわからない君を、一人待つのは嫌なんだ。

泊まるときは、必ず僕に写真をメールで送って。
浮気は絶対に許さないから。


僕の前で自分から話そうとしないで。
君の話は退屈。僕の話の方がずっと面白いよ。

君の物は全て僕があげる。
君なんかよりも僕の方がずっと趣味が良いんだから。

食事は僕が用意する。
君の手料理を食べたことはないけれど、絶対に僕の方が腕は上だ。


オネガイダカラ、ボクノメノマエカラハナレナイデ。



その答えが胸を貫く冷たい感触?
体の中心を伝う紅。

口から息を吸いたくても、酸素が喉を通らない。
眼下で起こった光景を意識すればする程、全身から力が抜けていく。

足、膝、腰、胸。

段階を追って体が折れていく。
自ら作り出した吹き溜まりの中に、仰向けに崩れ落ちていった。
頭を打ち付けた時、僕を蔑む君が見えた。


服を染め上げる液体の温かさも、背中に面している床の固さも、何も感じられない。


朦朧とする意識の中で、君の声が聞こえた。

「さよなら。」


僕の何が間違ってた?

僕に出来たのは、朧げに瞳に映る君の姿を追うことだけだった。

贅沢な指

馴染みのバー。
待ち合わせに少し遅れて店に入る。

「双葉。」
カウンターから呼び止める声。
ブランド物のスーツ。茶髪で大きく開いた襟。そして、派手なアクセサリーで身を固めている青年。

外見の通り、彼の職業はホスト。
ただし、私は彼のお客でもなければ、お店に立ち寄ったことすらない。
関係はただの幼馴染。名前は聡太。源氏名は昔教えてもらったけれど、次に会う日までには記憶から消えていた。
家が近所で同い年だったこともあって、幼い頃はよく一緒に遊んだ。でも一時期、声をかけることすら憚られることもあった。
それから約10年。上京を機に、こうしてたまに2人で杯を交わす仲に戻っている。

東京で会うなり、ホストをやっているなんて聞いたとき、本当に驚いた。
元々社交的て気の利く性格だったけれど、まさかそれを活かした職に就くとは夢にも思わず。
両親には"飲食店の接客"と濁して伝えているそうだ。
ただ、その反動で仕事から離れてお酒を飲みたい時間が増えたみたいで、店から2駅ほど離れたこの店に通うようになったらしい。
店の所在を教えてもらったのは、私を含めてごく僅か。
この店は彼にとっての隠れ家。

カウンターには彼以外、誰もいない。手元にはほとんど飲み終わったグラス。既に一人で始めていたらしい。
テーブル席の客は新たな人間が入ってきたことに無関心。おかげで周囲のことを気にせずに話ができる。

「私、いつもの。」
「俺もこれもう一杯。」

新たに出てきたグラスを取る手には、いくつもの指輪がはめられている。
ただし薬指以外。
テーブルの縁に添えられた左手も同じ。

美容師という職業柄、指を飾ることができない私とは正反対。
首にかけた1つが指の代わり。今付き合っている彼からの誕生日プレゼント。

一方、彼がつけているのは、全てお客の女性からもらったもの。自分の給料では到底買えないものばかり。
しかも、どれがどのお客さんからのものということまで逐一記憶しているというのだから、ある意味マメである。


いつだったか聡太が言っていた。
「薬指は素の自分を見てくれる人からって決めてんの。」
あの時はかなり酔ってて、いつもより饒舌だった。自分でこんな暴露をしていたなんて覚えていないだろう。
常連の女性達だってきっと知らないこだわり。

「双葉?話、聞いてる?」
「え?うん。聞いてる。」
怪訝な顔をして横から覗き込まれる。その瞬間、ホストの一面が垣間見える気がして思わずドキッとする。今はただの幼馴染と飲んでいるはずなのに。

「そうかなぁ。最近、彼氏と上手くいってないとかじゃないの?」
ちょっとしたことで心配してくれるのは、正直嬉しくもあり、時に煩わしい。
でも、その心遣いは彼氏以上だ。

「大丈夫。倦怠期に入ったけど、何とかやってるから。」
実際、昔ほどお互いに干渉することはなくなった。それでも危機感を感じたことは一度だってない。正直なところ、私は今くらいの距離で付き合うのが一番だと思っている。

「そう?双葉がそう言うのなら追求しないけどさ。」
引き際を知っているのは、接客業の賜物か。昔は何でもないと答えるほど、ムキになって食いついてきた。おそらく、色々な人と触れ合う仲で身に着いたものだろう。

「そういえば、聡太こそ最近はどうなのさ。」
会話が途切れるのが嫌で、咄嗟に出てきた言葉。あまり聞いてはいけないとわかっていつつも、心のどこかでは聞きたくて仕方なかった。

「俺は相変わらず。お店の中で知り合った女の人は、どんなことがあってもお客さん。彼女達が恋愛の対象としてみてるのは、お店のホスト。俺はそれに答えて接客するだけ。営業時間外の俺に興味なんて持っちゃいないさ。」
その語尾は、まるで独り言を呟いているようだった。

私からすれば、中指の先ですら触れることのできない、遠くはなれた華やかな空間。その空間の中で働く幼馴染。
なのに、彼の言葉の節々からは寂しさしか伝わってこない。

汗をかいたグラスで一口だけ喉を潤すと、何かを思い出したかのように主張を続けた。
「お客さんは確かに大切だけどさ、気がつくと"この女性と恋仲になることはないな"って冷めた目線になってる。ホストの間は格好良い自分を演出してるけど、それ以外の格好悪い部分もひっくるめて、全てを知ってもらった上でないと付き合えないんだよね。」
全く理解できないわけではないけれど、それじゃ面白くない。今まで知らなかったことを知ることの積み重ねが、二人の間に深みを増していくのに。ある程度距離があるうちに何もかもがわかってたら、もっと近づこうと努力する意味がない。
もっと言えば、私だって、聡太を完全に理解なんかしていない。
それ以前に、昔みたいに自分のこと、あまり話さなくなっているのに。

心の中から湧き上がる憤りを抑えてるうちに、ある事実が頭をよぎった。
そういえば、東京に来てから、聡太の薬指が光ったのを見たことがない。
昔は、照れ笑いを堪えながら制服の裾からさりげなく見せる姿に、こっちが我慢できなくて吹き出したこともあったっけ。

きっと、擬似恋愛を繰り返すうちに、恋愛に至るまでの過程をどこかに置き忘れてきちゃったんだね。


もうすぐ閉店時間。
立ち上がって財布を取り出そうとする彼に、一言だけお節介。
「仕事以外ではもっと自分を出しなよ。」

world

たった今から動き出す僕の世界。
ある一つの街を模したコミュニティサイト。
小さいながらも無限の可能性を持つ。

一人で大きくするのは大変だから、会員制で他人を入れることにした。
ただし、条件付き。
 1.日本語が理解できる人。
  単に僕が日本語以外、まともにできないから。

 2.トラブルを起こした人。
  言うまでもなく、即退会。

 3.バグを混入した人
  愉快犯は論外。

その他、僕の意に沿わないことをされた時点で、強制的に出て行ってもらう。
こんなところでも新世界と呼べるのなら、僕は想像主?神?


公開して1ヶ月。
評判は上々で、会員数は100人を超えた。
中には、あまりにも安い額で買い取ろうとする怪しい企業や、不正侵入を試みる奴も出てきた。
ある程度は無視、あるいは排除。それでも、四六時中張り付くことはできない。
仕方なく、セキュリティの強化に乗り出した。
本当はコンテンツを充実させる時間に費やしたかったのに。どんなに堅牢にしても、どこからか湧いて出てくる。完全にいたちごっこ。
仕事じゃないのに、連夜の対応。
にもかかわらず、住人に伝わるものなんてほんの僅か。当然、見返りをもらえるわけでもない。

一体、何のためにここまでしているのだろう。
世界を作るには身を粉にする程のボランティア精神が必要?

いい加減、疲れた。


あるときふと考えた。
この世界は現実?それとも偽物?

確かに画面の中とはいえ、目に見える形で動いている。
裏返せば、どれだけ書いたかわからないプログラムのコード。
所詮はインターネットという名を借りた仮想空間。

それでも、僕の発言・行為は何でも罷り通ってきた。
住人達も僕のやり方に賛同してくれた。

なのに、
僕が作り出した世界が思惑と違うところに向かっていく。
僕の世界が誰かに侵されている。
僕のモノが誰かに壊されていく。


こんな世界、もういらない。
でも、誰かに丸ごと渡すのは嫌だ。ここはあくまでも僕の所有物だ。
いっその事、全てを壊してしまおう。

ここを崩壊させるのに、労力も巨大な金槌もいらない。
運用しているマシンのボタン1つで全て終わる。
最後まで従ってくれた住人全てに、お詫びのメールを一方的に送りつけ、1ヵ月後に閉じた。


数ヵ月後。
また自分の世界が欲しくなった。
幸い、住人以外のデータはまだ残っている。
今度は他人を入れずに動かそう。
僕以外の住人は、僕の言うことを何でも聞くプログラムで十分だ。
暴走したらまた止めればいい。

僕は再び、マシンの電源に手を伸ばした。

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