鮮華の夜
空が紺色に染まりかけた頃、遠くで乾いた音が弾けた。
少し間をおいて、大輪の花が咲く。
あ、始まった。
夕方から平屋根の上にシートを敷いて、打ち上げが始まるのを待ってた。
ここは3階建ての寮。もちろん学校の。
加えて、ここは女子校。校舎は人里離れた小高い丘の上に立ち、敷地の隅に全員が寝食を共にする寮が3棟立ち並ぶ。
周囲は高い塀で囲まれ、特別な用事がない限り、外には出られないことになっている。
この国の制度では、6歳から18歳までが義務教育期間。例外もあって、飛び級もあれば、留年もある。実際、私は2年飛び級していて、現在最終学年。ただし、飛び級して卒業する場合は、秋から始まる卒業判定試験に通らなければ卒業できない。でも、普通に進級していく場合は無条件に卒業できる。飛び級した場合は、本当にそれだけの力があるのかを試すというのが名目。
飛び級自体、5年に1人いるかいないかだから、試験に関する情報は噂程度でしか伝わってこない。
今は夏休み。生徒の殆どは帰郷している。残っているのは行き場のない数人だけ。とはいえ、私は別に家族と絶縁したわけではない。帰ろうと思えば帰れる。けれど、ここ数年は、何かと理由をつけて寮に居座っていた。
ここを見つけたのは一昨年のこと。屋根裏部屋から屋根に抜ける経路を偶然見つけて以来、花火が上がるこの夜だけは、ここで過ごすことにしている。
花火が上がるのは、この丘の下にある町の向こうを流れる大きな川から。
連続で咲いては散っていく鮮やかな花々に心を奪われる。
途中、打ち上げが止まる。我に返って辺りを見ると、日もすっかり暮れ、星が点々と煌いていた。
しばらくの間をおいて、後半戦が始まる。
今度はハート型や蝶など、ところどころで変り種が飛び出す。
去年まではなかった珍しい形を見つけるたびに、胸が躍る。
屋根の上で1人興奮していると、背後から声をかけられた。
「やっぱりここにいた。」
声の正体は、親友、ルリ。
同い年で、入学当時から5年間は同じ部屋だったこともあって、昔から何でも言い合う仲。
屋根までの道を知った翌日、他の誰にも言わない約束で、彼女にだけ教えた。ここに一緒に来たことはなかったけれど、まさか覚えていてくれたとは。
両手にはジュースが入ったビンと2人分のグラス。
「隣、座らせて。」
私が何も言わないうちに、右側の空スペースに腰を落とすと、グラスにジュースを注ぎだした。
「でも何でここに?帰ったんじゃなかったの?」
私が知る限り、毎年夏休みの始まりと同時に実家に帰っていた。もし今年に限って寮に残っていたとしても、夏休みが始まってからは一度も会ってない。
「両親が昨日から旅行に行っちゃってて、家にいるのがつまらなかったから戻ってきちゃった。寮長の許可は取ってるから大丈夫。それに、もうすぐ学校も始まるしね。」
飲みきったグラスにおかわりを注いでいると、一番答えたくない質問が飛んできた。
「そういえば、カナはどうして実家に帰らないの?」
ジュースが気管支に入ってむせる。咳き込んでいる私にさらに畳み掛けてくる。
「だって、夏と冬の長期休み、全然帰らないじゃん。昔はよくお土産を交換したのに。」
興味津々の目で訴えてくる。今まで誰にも言ってこなかったこと。少し迷う。でも、彼女なら家のこと知ってるからいいか。
頭の中で一通りシュミレーションをしてから口を開いた。
「今、家ね、兄が2人とも帰ってきてるんだ。」
何年前だったか忘れたけれど、ルリは一度夏休みに家に来たことがある。そのとき、2人の兄にも会っている。
兄2人とは歳が離れていて、物心ついた頃には既に全寮制の学校に入れられていて、家にいなかった。だから、休みの度に会う、親戚の人と同じような感覚だった。
それから時は流れ、2人とも1年飛び級で卒業して、その上の学校に進んだ。そこでさらに3年間。今となっては学者の卵として親に敷かれたレールの上を順調に歩いている。
「家に優秀な兄2人が両親の助手として帰ってきたの。1人ならまだしも2人もよ。で、劣等生な私は合わせる顔がないってわけ。」
「劣等生って、また自分を卑下する悪い癖。いい加減に治したら?」
マイナス思考になる私をいつも指摘してくれる。
でも、私がなかなか治せないのは、一時期病気になったのが原因で授業が全く受けられなくて、2年留年した過去があるから。両親は何も言わなかったけれど、兄達はここぞとばかりに『一家の恥だ』と叩いてきた。それまでは4年飛び級してた私が面白くなかったんだと思う。こんな言葉、両親にも投げられたくはないが、ほとんど一緒に生活してない、血の繋がっているだけの他人に言われる筋合いはない。
ここ数年の出来事が一度に蘇る。幾つもの思い出したくない出来事が一度にフラッシュバックする。平然を装いたいのに、シートの上に置いていた手に力が入る。
「そうだ。カナは卒業後はどうするの?上に進むの?」
突然話題が変わる。きっと、これ以上同じ話題を続けられないことを悟ってくれたのだろう。私もそれに同調して、気分を変える。
「卒業後?旅に出るつもり。本の中でしかなかった世界を実際に見に行きたくて。その後、気が向いたら進学かなぁ。」
ルリは一瞬驚いていたが、すぐに納得の表情を見せた。
「旅・・・かぁ。実は、進学はないかなぁって思ってた。『我が道を行く』のがカナだから。旅っていうのにはびっくりしたけれど。」
「卒業後のことは去年からずっと考えてた。きっかけは去年の花火。今もそうだけれど、あの頃も既に海の向こうの遠く国では戦争が繰り広げられていて。そこでは大量の火薬が使われているでしょ。でも、目の前の花火にも火薬が使われている。使い方はそう対して変わらないのに、効果はまったく正反対。」
ルリは無言のまま、時折相槌を打つ。
「でも、進学した後にやることといったら、『社会と技術の発展』に貢献するための研究。社会ってあそこでは国力のことだから、戦争に勝てる研究はできても、花火をもっと綺麗に見せる研究は役に立たないから切り捨てられる。それだって、技術の発展に十分に繋がるのに。学校の外のことなんて何一つわからない環境で育ってるのに。そんな世間知らずの頭でっかち養成機関に入るよりは、同じ時間を有意義に過ごそうと思ってね。」
「それってつまり、家族と同じ道は歩かないってこと?」
図星。後半、ストレートに言い過ぎた。
「でも、絶縁するって意味じゃないから、心配しないで。」
「それならよかった。私には止める理由なんてないから。」
安心しきった表情で、最後の一杯を私のグラスに注いだ。
「花火、終わっちゃったね。」
真っ暗になった屋根の上に、小さく明かりを灯し、片付けを始める。
「カナ、来年もこの花火を見ようね。」
少しの間、理解に苦しんだ後、自分なりの解釈をぶつけた。
「私はここよりも、もっといい場所を探すけどね。」
私達は小さく指切りをした。
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