トップページ | 2007年8月 »

2007年7月

一番ほしかったモノ

誕生日でもないのに、彼から指輪のプレゼント。
誰もが羨むブランドもの。
夏のボーナスが出た瞬間に買ったとのこと。
社会人2年目一人暮らしで、生活に余裕があるわけでもないのに。

「ありがとう。」
咄嗟に出てくるのは上っ面の謝辞。
取り繕った笑みを浮かべてケースを開ける。
今までの経験から、どんな形のものかは大体想像がついている。

また、このデザイン。
シルバーのリングに、1つだけ大きな宝石がついているタイプ。
台座に乗っている石が違うだけで、それ以外は前と殆ど変わらない。

私が好きなのは、宝石が埋め込まれているタイプのシルバーリングなのに。
毎回、嬉しい気分を演ずる自分が嫌になる。

指輪だけじゃない。
ネックレスもピアスも香水も。
いつも私に内緒で買ってくる。

服や靴は一緒に選んでくれるし、映画や旅行に至っては事前に相談してくれる。
アクセサリ類だけは一度だって、私の好みを聞いてくれたことはない。
付き合いだしてもうすぐ1年。
思えば最初からそうだった。
たまに私が買ったものをしていくと、見つけた瞬間に顔を歪ませる。
ただ単純に、その日の服に合わせただけなのに。
爪先立ちの背伸びも、強引な押し付けも、日を重ねるごとに不快になっていく。


きっかけは、たまたま同じ現場で仕事した仲での打ち上げを兼ねた飲み会。
彼と私は元々は別の会社の人間で、その飲み会後、私と彼は別の現場に行くことが決まっていたが、そ

の場で連絡先を交換したところから始まった。
当初は理想の相手だと浮かれていたのに、1ヶ月も経たないうちに現実との歪みが生まれた。
なのに続いているのは、ただの惰性なのかもしれない。

私は初対面の彼がよかったのに。


数日後、ふとしたことで喧嘩したついでに言ってしまった。
「あんな指輪、いらない!」
気付いたら、この間の指輪を外して投げていた。

それに対し、彼から出てきた言葉に耳を疑った。
「人が買ってきた指輪位、文句言わずに付けろよ。こっちはそのデザインが好きだから、似合うと思っ

て買ったんだし。」

これであきらめがついた。
彼が求めていたのは、私みたいに自分の好みを優先する女じゃない。

「じゃあ、これを喜んで付けてくれる人と付き合えば?」
捨て台詞を残し、そのまま家へ。
その後、彼は追いかけてくることも、連絡を取ってくることもなかった。

帰宅後、彼からもらったものを、すぐさまネットオークションに出した。
"思い出を金にする。"
テレビの向こうで、顔にモザイクかけられた女は、嬉々としてプレゼントを売り物にしていた。
そのときは汚く感じたのに、今は不思議と共感できる。

無言でデジカメに収め、それを次から次へとアップロードする。
単調な作業の間、目の前に並んだものに何も愛着を感じなかった。
最後の出品が終わったとき、快感すら覚えた。


私が求めてるのは、高価な指輪でもネックレスでもない。
難しくも、お金がかかることでもない。

「一緒に見に行こうよ。」
等身大の、この言葉だったのに。

虚空

廃校となった高校の階段を一段ずつ上がっていく。
三階建てのこの建物は、2年前の卒業生を送り出した後、閉鎖された。
来年には取り壊すことも決まっているらしい。

階段や手すりには、人差し指で擦って跡ができるほど、砂埃が溜まっている。
たまに振り返ると、足跡がくっきりと残っている。
さらに、閉め切ったままの淀んだ空気が鼻を刺激する。

三階は最後の1年を過ごした場所。
思い出が走馬灯のように回り出す。
少し寄っていこうか。
いや、今は先に進もう。
過去の記憶を振り切るように、少し駆け足になる。

最後まで登りきった先にあるのは、1つの扉。
その先は三階とほぼ同じ面積の屋上。
息を整え、取っ手を強く引く。
しばらく開くことのなかったこの鉄の扉は、重い音を立てて動き出した。
隙間からは眩しい光が両目を刺激する。
久しぶりに太陽に当たったような、そんな錯覚に襲われる。
ようやく、人一人通りぬけられるスペースを確保したところで、素早くすり抜けた。


ここへは、数える程しか行ったことがない。

テレビの中では梅雨真っ只中と言っていたのに、珍しく今日は雲ひとつない青空が広がっている。
あの時の空模様を再現しているようだ。


手すりに近づき、右手に持っていた花束を立てかける。
おもむろに胸元の煙草を取り出し、残り二本の内、一本に火を灯す。
遥か下に見えるグラウンドに煙を吐き捨てながら、走馬灯の続きを回した。


最後に来たのは卒業式。
ホームルームが終わった後、彼と二人でここに来た。

あいつは、卒業後は写真家の修行を積むと言っていた。
当時、東京の大学に決まっていた俺は、将来の夢を抱こうともしていなかった。

半分冗談交じりで訊いたことが、今も鼓膜の中で反響する。

「もし、最高の写真を撮るためだったら、どんな力が欲しい?」

あいつは戸惑いを見せつつも、
「どんな力でもいいなら、羽が欲しいね。自分の意思で飛べるなら、空をどんな形でも切り出せるから。」

性格同様、純粋で生真面目な答え。
幼い頃から従兄弟と言われて育ってきた筈なのに、血の繋がりがどこかで途切れていると思う位、性格は正反対だった。
にもかかわらず、一度も仲違いすることがなかったのは、互いにどこか無い物をわけあってきたからか。

この日も空は穏やかな快晴で、離れ離れになる2人の船出を笑顔で送り出しているかに見えた。
それからの未来など、誰が予想しただろう。


「あれから2年か。」

後で聞いた話だが、あの日もすっきりとした青空だったという。

色々な人から事の顛末は耳にしたが、聞けば聞くほど心の中のあいつが削られていった。
その度に吹っ切れようとした結果、喫煙量だけが増えていった。

最後の一吹きをして、手持ちの携帯灰皿に捨てる。
きっと、煙草を始めたと知ったら、彼は驚くだろう。
しかし、咎めはしないだろう。
そこまで強くなかったことは、他でもない、俺がよく知っている。

箱の隅から覗く最後に一本。
取り出し、火を付ける直前で何か思いついたかの如く、箱に収めた。

迷惑がるかもしれないけれど、最後の餞に。

花束の脇に置くと、もう一度空を見上げた。


あの時、お前に羽は生えたか。
自由な角度で覗くことができたか。
今は、最高の空を探せているか。


空は相変わらず、記憶と違わぬ色彩で描いていた。

Ridiculous

頬を膨らませて眉間に皺を寄せたままの彼女。
昨日の電話で触れてはいけないことを言った?
メールで何か頼まれてた?
それとも今気に障ることをした?

どれも身に覚えがない。

コーヒーショップのテーブル席で、無言の時だけが流れる。

これで下手に話題を振ると、余計に彼女を刺激する。
棘のある切り替えしをしてくるうちはまだいい。
最悪、頭から水をかけられて「さようなら」とも言われかねない。
普段は甘えてくるのに、何か不都合なことがあると、途端に気性が激しくなる。
こんなときの対応には毎回手を焼く。
ただ、今みたいに理由がわからないのは初めてのことだ。

相変わらず彼女は無言のままこちらを睨んでいる。
いい加減、向かい合ってるのが辛くなってきた。


覚悟を決めて、話を切り出す。
自分に原因があったとしたら、平謝りして、彼女の気が晴れるまで、何でも聞いてあげよう。

「今日、何で不機嫌なの?俺、何かした?」
「下の歯の歯茎の外側に出来た口内炎が痛いの!」

間髪入れずにまくし立ててきた。
でも、珍しく一言だけで終わった。
グチグチと文句を言われることを覚悟していたのに。

それにしても『口内炎』が原因だったとは。
膨れ面をしていたのは、炎症部分が擦れるのを防ぐためで、機嫌が悪く見えたのは、痛みを堪えていたからか。

真面目に考えて損した。
緊迫感でカラカラになった喉を、アイスコーヒーで一気に潤す。

悩んだ時間を返せ。
こういうときこそ強く出たいのだが、それをきっかけに余計な荒波は立てたくない。

時には公衆の面前で詰られることもあるのに、自分からは嫌いになることも、憎むこともない。
これが彼女以外の女だったら、今頃気にかかる存在にもならないのに。


「この間言ってた映画、観にいく?」

先程までの言動を恥ずかしがるかのように、小さく頷く。
ただのご機嫌取りということは、自分がよくわかっている。
しかし、この仕草に、彼女の可愛らしさを再認識してしまう。

他人からしてみれば本当に下らない理由で怒っているだけなのに、そんな時でも彼女の魅力を求めてしまうのは、もはや軽い中毒にかかっているからなのだろう。

「早く。映画、行くんでしょ?」
いつの間にかテーブルの上は片付いていた。

「あ、あぁ。」
また彼女の機嫌を損ねたら、今度こそ何されるかわからない。

急いで席を立ち、店を出ようとする彼女の後を追いかけた。

SWITCH - 2

「一体何が不満?」

"きっと私以外にも同じ質問を投げているんだろうね。"

あたりきりなマニュアル本に載っていそうな展開。
こちら側の対応策が出回っている位なのだから、存在していても不思議はない。
読んだことはないのに、すらすらと文章が浮かぶ。
もし、それを読んでいたとしたら、これほど滑稽なものはない。

しかし、今はそんな妄想で満たされている状況ではない。

ここへは、自分の人生の中のごく小さな未来を変えるために乗り込んだ。
この場を大袈裟に例えるなら、自分の言動次第で、今まで乗ってきた電車から、新しくできたばかりのレールを走る電車に乗り換えるため

の切符を買えるかどうかが決まる。

そして相手は直属の上司。
とはいえ、1対1で面と向かって話したことなどほとんどない。
組織図という紙の上だけの、希薄すぎる関係。

別に、目の前のこの人に落ち度があったわけではない。
そもそも、仕事をする上で深く関わった覚えすらない。

とはいえ、一瞬たりとも気を緩めてはいけない。
油断したら足元を掬われる。

"地の底まで引きずり込まれたら、しばらく地上に出られなくなるよ。"

ここに留まったところで報われないことなど、百も承知。
それに、ここで意思がふらつくのなら、初めからこんなことはしない。


漠然とした不満と不安から、半年前に行動を起こした。
水面下で、ひっそりと。
その間、幾度となく体調不良な自分を演じることも、急用がある振りもした。
時に仕事仲間を欺いては、新しい場所へと足を運んだ。
メールのタイトルだけ見て涙を呑んだことも、理不尽な条件を突きつけられて諦めたこともあった。
それらを全て乗り越えて、やっと掴み取った次の行き先。

ここまでの過程がきれいだとは思っていない。
しかし、汚いと批評する者はいないだろう。
理由は1つ。
"食いっぱぐれない方法"は、誰もが死に物狂いで追い求めるものだから。


おかげで嘘をつき方だけは上達した。
ここでもそれを実践。
見透かされないよう、相手の眉間に照準を合わせ、用意してきた言葉をそのまま音にする。

「別の業種を目指そうと思いまして。」
"本当は同業種の待遇のいい企業に行くだけ。"

「この会社ではできないことなので、考えた結果、決意しました。」
"このまま残っていても、できないことはない仕事なのにね。"

「ですから、今おかれている状況に不満があってということはないです。」
"この間の飲みでの愚痴はどこへやら。"

少しの沈黙。
この間が恐怖を煽る。
平常心を装い、真っ直ぐ前を見据えてじっと待つ。


「それならば引き止めても仕方ない。」

意外な返答に拍子抜け。
こんなにもあっさり認められるとは夢にも思っていなかった。

その後、今の仕事の現状を軽く話しただけで、その場はお開きとなった。


帰り道。
柔らかな涼風が火照った頭を撫ぜる。
物事を考えるには丁度良い。

ゆっくりと歩きながら、ついさっき保存された、断片的な記憶を読み出す。

"狙い通りの結果になってよかったじゃない。"

本懐と遂げた。
今回のことで嘘を増やす必要もなくなった。
これで心置きなく新しい場所に行ける。

体に圧し掛かっていたあらゆるものが剥がれ落ちていく。
その逆に、達成感が腹の奥底から音となって駆け上っていく。

夜の街は、喉元から漏れる小さな声をかき消した。

SWITCH - 1

時計の短針が『7』の右上を指した瞬間から脳内を劈く電子音。
無機質な音の連続が体を起こす気力を奪っていく。

自力で目覚めていない時ほど寝覚めの悪いものはない。
ならば、せめて起き上がる意思が確立されるときまで待ちたい。
頭を布団の中に埋めたまま、手の平を伸ばし、無作為にはたく。
数回の試行を経て、中指が平らな突起に当たる。

パチ。

音の消えた部屋。
あと5分。


連日、終電までの残業。
加えて、休日返上で出勤。
最後に丸一日遊んだのはいつだったっけ?
そろそろ有休取ってでも休みたい。

混濁した意識が次第に薄れていく。
これが深い眠りに変わるまでの間ほど、心地よいものはない。
自然とそれに身を任せる。

完全に意識が途切れる寸前で、再びあの電子音。
電流が心臓を一気に駆け下りた感覚に襲われる。
反動で、肩から上が勢いよく宙に浮く。

時計の裏側に付いている二度寝防止機能。
また解除するのを忘れていた。

時計を手に取り、薄っすらと開いた片目で、針の位置を確認する。
長針は既に[『1』を通り過ぎ、今にも『2』を貫こうとしている。

寝坊寸前。
もはや布団に包まっている余裕はない。
無意識のうちに、人差し指で背後に隠れたツマミを押し上げる。

カチ。

小さな、存在感のある乾いた音を最後に、寝坊への警告が止まる。


それでも体は正直で、まだ眠りを欲している。
判断能力の欠けた頭で目蓋を閉じようとする力、横になっていたい意思に必死に抵抗する。
社会人としての義務感がベッドから引き離す。

ふと脳裏をよぎる誰かの甘い囁き。
「今日位、体調不良ということにしておこうか。」
その誰かは、同時に今抱えている作業という現実も突きつけてくる。

休む権利だけは十分過ぎる程持っている。
ただし、残業時間の増加を代償として支払うなら、今は取っておく方が懸命だ。

ふらついた体を二本足で支えながら水を一口だけ取り込む。

ゴク。

喉から胸の中心を伝って、脳に冷たい刺激を与える。


ようやく血が全身に巡りだす。
全身で朝を認識する。

また今日も昨日と変わらない朝。
スケジュール通りに事が運べば今週末は久しぶりの休み。
淡い期待を抱きつつ、玄関の鍵を開ける。

カチャ。


開いたドアに再び鍵をかけたら、もう後には引けない。
今用意されている選択肢は、会社に向かって前に進むことだけ。

たくさんの切り替えポイントで、いつも『出勤』になる道筋を選んでしまう。
たまにはゴールが『休み』になる経路を辿りたいのに。


今日こそ早く帰ることを願い、いつも通りの一歩を踏み出す。

ご挨拶

こんばんは。
今日からブログを始めました朔弥と申します。

ブログの内容として、今まで趣味としてやってきた小説や詩を載せていきます。
不定期更新にはなりますが、細く長く続けていければと思っています。

また、コメント欄に感想等いただければ励みになります。

何卒、よろしくお願いします。

トップページ | 2007年8月 »